第6回 飛鳥時代

 

 飛鳥地方(奈良県)にお住まいの方、うらやましいです。とはいうものの、飛鳥の知識は「浅見光彦」から得たものばかりで、実際には、ちょこっとしか飛鳥へ行っていない私ですが、いつかゆっくりと旅をしてみたいと考えております。ただの森かもしれないけれど、箸墓なんて、その言い伝えにはロマンがありますよね。

 

ということで、今回は、政治の中心が、飛鳥の地から始まった飛鳥時代です。飛鳥時代といったら「聖徳太子」でしょう。593年に「推古天皇」の「摂政」になり、天皇を中心とする「中央集権国家」を作ろうとした人です。

 

ここでひとつ提案。みんなは「ドラゴン桜」を読んだか、ドラマで見ましたか?そこでも紹介されていましたが、歴史っていろいろな人がでてきて、いろいろな言葉がでてきて、ごっちゃになりがちですよね。それをしっかり整理して覚えていくには、「つながり図」(私はこう呼んでいます)です。白い紙の真ん中に、「聖徳太子」と大きめに書きます。そして、そこから、「聖徳太子」で思い浮かぶ言葉を線でつないで書いていってください。思いつかない人は、何を見てもOKです。次に、それらの言葉につながる「人」や「でき事」などを、また、線でつないで書いていくのです。そうですね、「聖徳太子」の場合、「中大兄皇子」とか、「大化の改新」なんて言葉がつながる人は上出来でしょう。

 

「聖徳太子」につないで欲しい言葉は、「十七条の憲法」「冠位十二階」「法隆寺」「遣隋使」「摂政」。最低でも、このくらいはつないで欲しいですね。そうすると、「遣隋使」のところには「小野妹子」がつながるでしょう?・・・といった具合に枝を伸ばしていくのです。ぜひTryしてみてください。

 

さて、天皇中心の中央集権国家を目指した聖徳太子ですが、その意思を実現させたのが、「中大兄皇子」でした。当時、力をもっていた豪族「蘇我氏」を「大化の改新」で倒し、「天智天皇」となり、中国の「律令制度」を取り入れた政治を行いました。このとき、「中大兄皇子」の右腕となったのが、「中臣鎌足」です。後に、天智天皇から「藤原」の名をもらい、「藤原鎌足」と名乗りました。この人が平安時代に摂関政治を行った「藤原氏」の祖先です。〔ほら、平安時代までつながっちゃった! 歴史はつながっています。〕

 

聖徳太子の夢をかなえた天智天皇でしたが、天皇亡き後、後継者争いがおこります。「壬申の乱」です。弟の「大海人皇子」と息子の「大友皇子」が争い、「大海人皇子」が勝利します。「天武天皇」の誕生です。この「天武天皇」の奥さんが、「持統天皇」。彼女は、天智天皇の娘。おじと姪の関係で夫婦になったんだね。「ン?どっかで聞いた名前だぞ?」国語の教科書にあったかな? そう、「万葉集」または「百人一首」にありますよね。

春過ぎて夏来るらし白妙の 衣ほしたり天の香具山

「百人一首」は万葉集などからとった歌ですから、この歌は「万葉集」に載っている歌です。余分な知識のようですが、こういった知識があると、「万葉集」ってこれ以降にできたものだってことがわかったりします。(実際には、「万葉集」は奈良時代にできたものです。飛鳥の次が、奈良だって覚えていますよね。)  

 

次回は、ちょっと難しそうな「律令制度」を簡単に。

 

☆☆ 今日の目標  聖徳太子のつながり図を書いてみよう ☆☆

聖徳太子のつながり図
中大兄皇子のつながり図