第5回 渡来人って外国人?

 

古墳時代でもう一人(?)覚えておきたいのは、「渡来人」です。「朝鮮」や「中国」から渡って来た人々。だから、「渡来人」

 

・・・余談だけど、「遣隋使」と「遣唐使」って何がちがうの? と質問されたことがあります。読んで字のごとく、「隋」に行った使いと「唐」に行った使いの違いですね。「隋」は中国を治めていた国の名前。「隋」が滅んで「唐」にかわりました。つまり、聖徳太子から続けて何年も、中国に使いをだしていたら、途中で中国が「隋」から「唐」にかわってしまったということ。呼び方が違っただけで内容は同じです。それと、「唐招提寺」って覚えられないという人がいるんだけど、簡単だよ。「唐」から「招いた」坊さんが建てた寺だから「唐招提寺」。聖武天皇が唐から招いた「鑑真」のためにたてられたお寺なのです。このように、漢字をみていると、その意味がわかるものがあるから、それで覚えていくといいよ。

 

長い余談の後は、「渡来人」のこと。この人たちがいなかったら日本の歴史の進み方はもっと遅れていたかもしれない。といえるほど、日本が進歩していくには重要な人たちでした。その頃の朝鮮半島は、中国と地続きで、仏教や漢字、土器(焼き物)の技術、機織、医術などたんさくの進んだ文化が伝わっていました。それらの技術を持った人たちが、日本に渡ってきて、それらを私たち日本人に教えてくれたのです。

 

渡来人が伝えた「焼き物」の技術は、ろくろで成形し、高温で焼くと、硬い土器ができるというもの。「ダッシュ村」で作った「のぼりがま」も渡来人によって伝えられたものです。また、鍛冶の技術も伝えてくれました。これにより、鉄の武器や農具が作られるようになりました。

 

といったように、「渡来人」が伝えてくれたものによって、これ以降の生活が、ぐんとよくなったのです。同じように、鎖国をしていた江戸幕府が開国したことによって、外国の進んだ文化が日本人の生活をよくしてくれたよね。日本って、常に、中国やヨーロッパから文化を学んで、近代化してきたような気がするなぁ。それがなく、日本だけでの歴史の進み方をしていたら、今のアフリカ奥地の原住民みたいな生活が、まだ続いていたりして・・・・・渡来人はよくやってくれた!!

 

☆☆ 今回の目標  渡来人に感謝しよう ☆☆